ご案内
過去の繁栄にいたずらに執着することもなかったデトロイトがおちいっていた財政優先を排し、市場第一主義を掲げたリアリストでもあった。
いかにもアメリカ人好みのサクセス・ストーリーとして語られすぎた感のあるアイアコッカの復活劇、陰に隠れがちな事実がある。
再建のためにアイアコッカが断行した合理化によって六万人が解雇され、クライスラー−の従業員はそれ以前の半分以下に減った。
もちろん、リストラを行なったのはクライスラーだけではない。
四年にわたるデトロイト不況で、四十万人近い従業員が職を失っている。
アメリカの乗用車市場は、それまでの約三割減となる七百万台を切るまでに落ち込み、ビッグ3の赤字額は百四十億ドルにも膨れ上がった。
アメリカ自動車産業の従業員が大幅に減ったのは、生産量が減ったからだけではなく、別の要素もあった日本と比較して、ビッグ3の生産性があまりにも低かったことである。
ところで、一九八O年ごろまでの一般的な見方では、日本人の賃金が低いため、日本車は安い価格に設定できると決めつけられていた。
一九八一年から八二年にかけてハーバード大学や米運輸省などが日米の生産性を比較する調査を行なった結果、意外な事実が浮き彫りにされたのである。
たとえば大衆車では、日本車に比べて、アメリカ車のほうが二千ドル近くもコストが高く、輸出の輸送費を差し引いてもなお一千五百ドルも高いことがわかった。
世界一を自任してきたアメリカにとって、この結果は衝撃的だった。
労働集約的な組立工程での生産性では、アメリカは日本の一・五倍から二倍もコストがかかっていた。
それでいて、品質面では、アメリカ車の欠陥個所のほうが日本車の倍近い数字を示していた。
コストがかかっていながら品質が劣るようでは、販売競争に勝てないのは当然で、収益率も悪くなる。
自動車後進国の日本が独り立ちしてから二十数年間、アメリカの自動車産業がいかに怠慢であったかが白日のもとにさらされたのである。
はっきりした数字を指摘されては、ビッグ3もメンツにこだわっている場合ではなかった。
自らの体質改善を図るほかなく、以後、成功した日本の手法を学び、早急に取り入れていくことになる。
こうして、先に述べたような大合理化が断行されたのである。
新たな設備投資を渋って旧式の設備でごまかしていた古い工場は、次々と閉鎖されていった。
トヨタ生産方式(ジャスト・イン・タイム)の学習・導入とともに、QCサークルなどを含めた日本的な品質管理が、部品メーカーにまで導入されていった。
「改善提案」が、アメリカでも「カイゼン」の言葉で使われていた。
さらには、日本のメーカーから安い部品を購入する動きまであらわれてきた。
こうした生産面での体質改善を進める一方、新車の開発の取り組みもはじまった。
米政府が燃費規制に乗り出したことで、先障を切っていたクライスラー−に続いて、フォード、GMも遅ればせながら燃費のいい小型車の開発に着手するようになった。
もっとも大規模に進めたのが、資金力が豊富だったGMである。
進め方も、日本とはスケールが違っていた。
世界最大の売り上げを誇る企業らしい空前の巨大プロジェクトだった。
商売もむずかしくなった。
そこで、自分たちも小型車の分野に進出しなければならなくなった。
日本車の場合、一車種あたり年産二、三十万台程度でも採算がとれた生産性が低いアメリカでは、程度の生産台数ではとうてい採算がとれない。
量産効果に期待するなら、年産百万台規模で生産していく必要があった。
世界のトップ企業ならではのスケールの大きな戦略、大胆な挑戦ではあったが、実際にはことごとく失敗だった。
鳴り物入りで完成した車、わりには品質や性能面での魅力に欠け、日本車と比べて明らかに見劣りがした。
自動車に対する好みは、固によってかなり違っている。
たとえ安い価格に設定しても、同じ車に世界中の人が一様に飛びつくわけではない。
そうした,規模の経済。
によって利益を追求しようとする姿勢は、それ以前のかビッグ3とさほど変わっていなかった。
一見、合理的には見えても、いかにもアメリカ人的な荒っぽい発想であり、消費者が車に対して抱く夢を無視した乱暴なやり方だったと言わざるをえない。
事業部間で手配や調達の行き違いや品質に問題があるなど、さんざんな結果だった。
予定していたSカ−、Tカ−の圏内生産は放棄された。
日本的生産方式の導入も裏目に生産方式でもGMは金に糸目をつけず、思いきった自動化を図ることで、日本を一気に追い越そうとした。
日本の成功がロボットの導入にあるとみたGMは、持ち前の資金力にものをいわせて、日本のメーカーをはるかにしのぐ投資を行なった。
さまざまな人種で構成されるアメリカの労働力の質は、それほど高くはなかった。
それでいて、自動車業界の賃金水準はトップ・クラスにあった。
そこで、ロボットによる自動化を図れば、品質を高められると同時に、賃金対策にもなって一挙両得と考えたのである。
こうして、五千台ものロボットを投入するなど、技術の粋を集めた最新鋭のスーパー工場を新設した。
経営トップは、最新のロボットやコンピュータを大量に投入して駆使すれば、すべてがうまくいくとみたのである。
自動車の構造は複雑で、生産にはどうしても人間くさい工程がついてまわる。
現実の工程とロボットとの折り合いが悪かったり、自動化技術ものが未消化だったりすれば、ラインはたちまち混乱してしまう。
GMの挑戦は大胆で画期的ではあったが、あまりにも性急すぎた。
そうした自動化を過信し、机上のプランをままもち込んだ計画だっただけに、実際の生産がはじまると、問題続出で手のつけられない状態になって失敗に終わった。
の組み立てで高い自動化率を誇ったハムトラミック工場は典型だった。
生産ラロボットはほこりをかぶったままとなった。
インは放置されることになり、日本的生産方式の成功は、長年にわたる細かい改良と失敗の積み重ねのうえに築き上げられたものである。
彼らには、人間と機械との折り合いのよさという、日本的ものづくりの神髄が見抜けなかったのである。
一九八五年にやや規模を落とし、三十五億ドルを投入して、「サタ1ン」のプロジェクトをスタートさせた。
テネシー州スプリングヒルの専用工場で生産を開始したが、投資額のわりには販売台数は伸びなかった。
一九九六年の生産台数は三十数万台にとどまり、採算がとれていない。
もし日本の自動車メーカーがこうした一連の巨大投資を行ない、ことごとく失敗していたら、確実に倒産していただろう。
資金力のあるGMだからこそできた果敢な試みだったともいえる。
こうしたワールドカー−構想の失敗例から明確にいえるのは、小型車の開発・生産を。
ビッグ34は甘くみていたということだ。
狭い島国・日本という環境の中でっちかわれ、日本人の特性も踏まえて生み出されてきた車づくりの手法が、ままアメリカで通用するはずもなかった。
ただ、GMが大々的に進めたワールドカー−構想ものは失敗に終わったが、トヨタの倍近くもある巨大な図体をもちながら、経営のトップがひとたび決断して号令をかければ、全社こぞって一つの方向に向かって動きだすあたりに、GMの底力と機動力の片鱗がうかがえた。
結婚式 演出が勢いに乗っています。最先端の結婚式 演出の登場です。
結婚式 演出にエントリーしてみませんか?結婚式 演出にうってつけの製品です。
現時点で最高の結婚式 演出しましょう!自分にあった結婚式 演出に出会えて満足です。
ウェルカムボード 結婚式マメ知識のサイト情報、ウェルカムボード 結婚式知っている方いませんか。
ウェルカムボード 結婚式の一環として捉えましょう。顧客満足度の高いウェルカムボード 結婚式を選びましょう!
ついにウェルカムボード 結婚式は、書面でのウェルカムボード 結婚式の情報提供も義務付けています。
